San Diego 100は、去年初めて挑戦した100マイルレース。そして初めてゴールすることなく、途中で終わったレースだ。80マイル地点の第12エイド、Penny Pines 2 の関門時間に4分間に合わず、その場でエイドキャプテンにゼッケンを渡した。25時間走り続けて手元に残ったのは参加賞のTシャツくらいで、出場した証のゼッケンすら返さないといけないのかと悲しくなった。
あれから1年。この日のためにやれることはやってきたと思う。直前の調整はそんなにうまく行かなかったけど、5月は京都一周トレイルを走ったり距離を稼げたし、1週間前から暑熱順化もやって何とか仕上げ、この日を迎えることができた。朝5時、泊まっていたロッジからスタート会場のカヤマカ湖まで歩いて向かいながら、この1年間のことを思い返していた。
受付のテントでゼッケンを受け取り、安全ピンでパンツに留め、バナナとマフィンをもらって食べた。一緒にもらったコーヒーを飲みながら妻と井原さんにスマートフォンから行ってきますの挨拶をしてスタートラインに並ぶ。去年現地でサポートしてくれたMiekoさんも、とにかく序盤はゆっくり行くようにとアドバイスをくれた。用意してきた想定ペースでは、本格的に暑くなるまで去年と同じくらいのペースで行く予定だった。ただ、今年は更に気温が高くなる予報。念を入れて267人の参加者の内、200番目くらいの後方に並ぶことにした。
レースディレクターのスコットがスタートラインに登場すると、大きな歓声があがる。いよいよだ。気持ちはどうしても焦る方に作用する。1週間近く会社を休んで、妻を置いて一人で飛行機に乗って、何十万円もかけてやってきておいて、完走できなかったとか絶対ありえない。もちろん誰も攻めたりしないだろうけど、そういうプレッシャーが背中を押してくる。そいつをぐっと飲み込んで、少なくとも序盤はゆっくり、楽しんでいこう。あらためてそう自分に言い聞かせた。そして朝6時ちょうど、レースが始まった。
Route map for San Diego 100 by Scott Crellin on plotaroute.com
San Diego 100 は全長162km、累積標高4,429m、制限時間32時間。制限時間が短く走り続けないとゴールができないことと、直射日光に曝され続ける日中の暑さと夜の寒さが最大の難敵。累積標高はそれほど多くないが、ゴロゴロした大きな石が多くて足を捻りやすいテクニカルな下りや、一度始まるとひたすら続く長い登りがいくつかあり、タフでハードなコースだ。
まずポイントになるのが、とにかく暑い時間帯をどう乗り切るか。特にコース前半、A3 Sunrise(34km地点)から A5 Pine Creek(58km地点)までが最も暑くなることが予想され、ここで熱中症にならずに体調を保ったまま乗り越えられるかどうかが肝になりそうだ。実際去年はA4 Pioneer Mail に着いた時点で既にフラフラで、暑いはずなのに悪寒がして全身の震えが止まらず、その後も胃腸をやられて吐き続けて大きく時間をロスしてしまった。
また、夜間は寒さ対策が必要になる。更に夜中の一番寒い時間帯は A8 Red Tailed Roost(89km地点)からA9 Clibbets Flat(103km地点)まで一気に700m以上降りてから折り返し、もう一度A10 Dale's Kitchenまで来た道を登り返すという、コース内で一番ハードな区間と重なる。ここをどう乗り越えるかというのもポイントだ。
そこを超えると、残り45km。最後は制限時間の間隔がシビアになってくる。去年はこの迫りくる制限時間との勝負に負けてしまった。何とかここまでに貯金を残しつつ、最後は気合で制限時間との追いかけっこに勝つしかない。今日これまで、そんなイメージを何度も何度も反芻してきた。いよいよ、答え合わせの時だ。
スタートしてまずは湖畔を南下して林道に入り、緩やかな登りが始まる。がんばれば走れるゆるい傾斜だけど、逸る気持ちをおさえて、登りは全部歩き通した。周りもみんな歩いている。先はまだまだ長い。とにかくゆっくり行こう。
6時過ぎの気持ちいい朝で、過ごしやすい気温。全部登りきってしばらく下ると、全コースの中でも珍しい、木陰のある森を通る。ああ、こんな森だったなー、本当に一年ぶりに帰ってきんだなーと、感慨に浸りながら気持ちよく駆け抜けて、すぐに12km地点 A1 Paso Picacho に着いた。
このエイドでは、お揃いのピンクのランニングスカートを履いた女性が出迎えてくれる。去年はカウボーイブーツを履いてたけど、今年は普通のスニーカーだった。まだまだ序盤、水はたっぷり残ってるので補給せず、バナナとスイカ、ポテトを頬張って出発。
次はStonewallという、巨大な岩がゴロゴロしている山を登る。つづら折りで傾斜もたいしたことはなく、巨岩の間を気持ちよく登った。
登りきって下りに入ると、カヤマカ湖へ戻っていく。最高の景色だ。
第2エイドのChambersはカヤマカ湖、スタート地点の対岸にある。エイドに向かう人と、エイドから戻ってくる人が湖畔ですれ違う。
まだスタートして3時間弱。朝の9時頃だけど、次のパートから本格的な暑さとの戦いが始まる。念のためにここからBuffを取り出して氷を入れてもらい、首の後ろを冷やす。ハイドレーションも片方のボトルを氷水に、もう片方を氷入りのTailwind(スポーツドリンクみたいなやつ)にして、更に予備の500mlのソフトボトルにも水を入れてもらった。
アイスBuffは後ろの方に山程氷が入れてあって、1時間くらい持つ。1時間だけ暑さを軽減してくれるバフ魔法みたい。Buffだけに。加えて頭にも少しづつボトルの水をかけながら進んだ。これはチョップの打ち上げの時にノリさんが教えてくれたこと。飲むだけじゃなくて、体にかけながら進むといいと。
もう一つ今回工夫したのが、味噌汁のもとを持ってきたこと。塩分補給のため、たまに取り出して舐めてた。ジェルみたいに個包装だから便利。
まあ、どれだけ暑さ対策を入念にしても、暑いものは暑い。遮るものは何もなく、直射日光を常に浴び続ける。汗なんかすぐに蒸発してカラカラ。
ゆるやかな登りのトレイルを走り続けると「この先、氷」の看板が。それこそ正に、今一番欲しいものです。
第3エイドのSunriseに到着。ここまで想定ペース通りで調子がいい。11時を過ぎて、ここからが暑さとの戦いの本番。氷と水を沢山補充して、去年熱中症に苦しんだパートへと向かう。
この辺からしばらくPCTを通る。Pacific Crest Trail はメキシコ国境からカナダ国境まで4000km以上続くロングトレイル。去年、いちごちゃんが通った道。そして僕が暑さにやられた道。
ゴロゴロ大きな岩が並ぶ山を超えると、左手にアンザボレゴ砂漠が広がる稜線に出た。
絶景だ。しばらく見とれて写真を撮ってたら地元のランナーが美しい砂漠だろ!って自慢してきた。間違いないです。
カメラマンのスターンさんに撮ってもらった写真。ここは相当暑かったと思うけど、元気そうだ。
去年、震えが止まらずに30分くらい座ってて井原さんと別れた第4エイド Pioneer Mail。6時間42分で去年のタイムとは10分くらいしか違わないけど、体調は特に問題なさそう。ここを乗り切れた、行けるぞ。そんな気持ちになってた。
甘かったね。このエイドでもらったアイスキャンディーよりも甘かった。
エイドを出て見晴らしのいい稜線を進む。ここから、ノーブルキャニオンへ降りていく。
問題はここからだった。どんどん谷へと降りていく。谷底に近づくほど暑くなる。午後2時。1日で最も暑い時間帯が近づいてくる。気温がどんどん上がっていく。
谷底は林道になっていた。死ぬほど暑い。フラフラして走れない。追い越していく人が「Fucking ◯☓△□!」とか「ナンテ日ダ!」とか叫んでいく。去年よりもずっと暑い。水を飲んでもすぐに喉が乾く。まずい。
林道が舗装路に変わるころ、持っていた水が全てなくなった。予備の500mlも空になった。全コース唯一のロードのパート。最も標高が低い場所で、最も気温の高い時間に、舗装路の上で干上がっている。頭がクラクラし始める。もしかしたらここで、熱中症で倒れて終わるかもしれない。それが一番怖かった。恐る恐る、スピードをゆるめて歩いた。次のエイドを、水を求めて。
エイドの白いテントが見えた時、ついオーマイゴット!って言ってしまった。ああ神様助かったんだ!と思った。周りにいたランナーも一斉にガッツポーズしている。
15時過ぎに、58km地点の第5エイドPine Creekに到着。お腹いっぱいに水を飲んだ。最高に美味しい水。最高に冷たくて気持ちのいい氷。コーラとマウンテンデューを氷入れて何杯か飲んで、ポテトやらスイカやらバナナやらを食べた。ああ、助かった。今度こそ行けるぞと思った。
まあ勿論、そんなに甘いわけがなかったのだけど。
「San Diego 100 その2」へつづく