今年2月に亡くなった祖母の初盆で、木浦に帰っていました。お葬式の時は夜に泊まっただけだったので、ゆっくり木浦に滞在するのは一昨年のすみつけ祭り以来2年ぶり。木浦は大分県の南西の端っこあたり、宮崎県との県境が近い山奥にあります。かつて木浦鉱山として栄えたものの、現在は過疎化と高齢化が進んだ限界集落です。木浦には、母方の祖父母と曾祖父母が暮らしていました。子供の頃、毎年夏休みは木浦に来ていました。山と川が好きな自分の原点は、ここ木浦にあるのだと思います。
今回帰省するにあたって、せっかくだから木浦の山を走りたいと思いました。地図を見ながらどこを走ろうかなと探していて、傾山という山があることを知りました。傾山は標高1,605m、三百名山の1つで、特に南側の杉ヶ越コースは岩場やハシゴ場の連続する九州でも屈指の難コースなのだそうです。調べれば調べるほどワクワクしてきました。京都には1,000mを超える山がありません。トレランを始めてからこれまで、1,000mを超える山には登ったことがありませんでした。これは何としても挑戦してみたい、そう思いました。
入念に調べると、木浦からラウンド型のコースが描けそうなことがわかってきました。木浦から国道を走って杉ヶ越の登山口から登り、山頂からは西山の方へ降りて生木峠を超えて木浦に戻ってくる、30km程度の道程です。想定タイムは6時間〜7時間半。天気は晴れの予報。35度近くまで上がりそうだったので、ハイドレーションパックを背負って水は2リットル持っていくことにしました。
朝6時ちょっと前に出発です。微妙に小さく写り込んでる叔母が、手を振って見送ってくれています。写真右手に写ってるのは集落で唯一の商店、藤木屋です。昔よくここでアイスクリームを買っていました。
廃校になった小学校の前を通って、落水の集落の方へ進みます。子供の頃に遊んでいた範囲はこの辺りまで。ここから先は知らない道。大人になって山を走るようになって、やっと自分の足で好きなところへ行けるようになったんだなあと思うと、感慨深いものがあります。
ひたすら続く登りの舗装路を走り続けていると、木浦内のトンネルに突入しました。トンネル内には照明が一切なく漆黒の世界。天井から滴る水で濡れた地面を打つサンダルの音が響き渡ります。出口から指す一点の光を目指して走り抜けました。真っすぐのトンネルで良かった。
木浦から杉ヶ越の登山口までは8.6km。1時間くらいで着きたかったけど、ずっと単調な登りが続いてしんどかった。
杉ヶ越のトンネル超えたところに登山口がありました。スタートから1時間10分。トンネルがちょうど宮崎県との県境で、登山口は宮崎側です。
登山口に掲げられた注意書き。身が引き締まります。前日に母や叔母に傾山へ行くと告げると、とても心配していました。とにかく気を付けて、安全第一で行こうと思いました。
登り始めてすぐに現れた杉薗大明神の鳥居。右手に進むと新百姓山。傾山へは左手へ進みます。
杉林を抜けて、細い尾根道に出ました。登りは急で、土主体の道から徐々に岩が増えていきました。この先の険しい岩場を予告するようです。
登って降りてを繰り返して、いくつもの岩稜を超えていきます。そんなひとつの岩稜のピークから見えた傾山。後になってわかりましたが、この時見えたのは山頂のある本傾の手前にある後傾でした。傾山は、ひとつのシンプルな山ではなく、いくつもの岩稜が連なる山なんですね。下からみたら山頂に見えるピークも、実は山頂手前の岩稜の1つに過ぎないという。この後もピークから先を見て、後1つピーク超えたらいよいよ山頂への登りかな、と思うことが何度もありました。
そして現れた最初のハシゴ。恐る恐る足を乗せて体重をかけてみましたが、意外としっかり固定されているようでした。慎重に進みます。
岩をよじ登って、ハシゴで下って、また次の岩を登るというのを繰り返します。2連ハシゴは乗り継ぎの時に緊張しました。この後3連ハシゴまであった。
険しい岩場に残る手付かずの自然。神々しく不思議な景色の連続でした。
いくつも岩稜を超えたところで「この先危ないですから十分注意して登山しましょう」の標識。これまでも十分危ないところだらけだったので、それ以上に危険なのかと思うと震えます。
それまでは「ハシゴから落ちたら最悪骨折するかもな」くらいだったのが「この崖を落ちたら間違いなく死ぬな」という感じになってきました。ここも左奥は切り立った崖になっています。標高が上がって気温はそんなに高くないのに、変な汗も混じって全身びしょ濡れです。
この険しい岩場は、サンダルで来て良かったなと思いました。岩場にピタッと吸い付いて足の裏で岩を掴めるのと、踏んだ個所の感触を得られるのです。足を置いた個所に体重をかけても大丈夫か、それが足裏に伝わる感覚でわかります。ハシゴも両手両足で一段一段掴んで進める感覚がありました。
慣れてくるとハシゴは普通に進めるんですが、ロープのかかる岩場に難儀しました。ロープはあくまで補助として使うべきなんだろうけど、怖くてついロープを握る手に力が入ってしまいます。
傾山山頂への道標も、傾いていました。そうでなくっちゃ。しかしその矢印の指す方向、岩の壁なんですが。
こういう両側が岩の個所は普通に進めます。全身を使うのでしんどいけれど、少なくとも落ちることは無いから。
問題は片側が崖になっているところです。ここは左側が切り立った崖になっていて、ロープを握る手が震えました。自分の進む道のすぐ隣に死がある感覚。
いくつもの岩稜を登っては降り、ようやく九折ルートとの分岐に到達しました。
見上げると山頂手前の最後の岩稜、後傾がそびえ立ちます。こいつを攻略すればいよいよ本傾。
後傾をガシガシ登っていきます。両手両足を駆使する厳しい登りだけど、そんなに危ないところはありません。もしくは、既に感覚が麻痺してきたのか。
そうして後傾を登りきりました。眺望が最高で、一番向こうにうっすらと祖母山が見えます。次はあの祖母山に登ってみたいけど、さすがに遠い。
後傾から見えた、山頂のある本傾。こうやって見ると、とんでもない岩の上に山頂があるんだなということがわかります。右手の尾根沿いに山頂を目指します。
曇ったり晴れたりを繰り返していた天候ですが、この辺りから完全に晴れていて山頂への道がよく見えました。最後の尾根道は絶景の連続。
傾山1,605mの山頂です。山頂の標識もきっちり傾いていて徹底してます。良い傾きっぷり。杉ヶ越の登山口から、丁度3時間経っていました。山と高原地図のコースタイムで4時間25分だったので半分くらいで来たかったけれど、そんなに甘くなかった。厳しい道程でした。
通ってきた後傾を眺めながらおにぎりタイム。今日はタコ飯の中に、鶏天が入っている大分感あふれるおにぎりです。母の作ったタコ飯と鶏天を、嫁が握ったコラボ作品。美味しくいただきました。
山頂から来た道を少し戻って、冷水コースへの分岐を左に向かいます。
山頂ではあんなに晴れていたのに、下り始めるといきなり厚い雲に覆われて霧が立ち込めてきました。霧につつまれたホトクリ原。これまでの岩場とは打って変わって、緑に覆われた地面が幻想的でした。
道端には名前の知らない小さな花が沢山咲いていました。
ホトクリ原を超えたソデ尾のピークが、大白谷へと向かう冷水コースと払鳥屋へ向かう西山コースとの分岐になっています。道標に宇目と書かれた西山コースの方へ。宇目という聞き慣れた地名を見かけるとちょっとホッとします。
ソデ尾から西山への下りは、枯葉の積もったフカフカのトレイルと、ガレた岩場との連続です。急な下りが多く、フカフカのトレイルが滑りやすくて何度も転びそうになりました。ソールがフラットなサンダルが苦手とする路面の1つです。
もう後は下るだけだと油断してると、たまに急峻な岩稜が出てきます。油断を許さないその厳しさ。最後まで気が抜けません。
慎重に下って西山の登山口に向かう最後の杉林へ。下り始めてすぐに曇る不穏な天気だったけれど、ここからまた晴れてきて木漏れ日が差し込んできました。
下りきったところでようやく沢が! 杉ヶ越からずっと尾根道で水気もなく、2リットル用意していた水が切れかかっていたので念願の沢でした。もう一目散で飛び込みました。
冷たくて最高です。買ったばかりの防水デジカメ、オリンパスのTG-4 Toughで初めての水中撮影にチャレンジ。自らの汚い足以外に撮るものは無かったけど、よく撮れてますね。今日の写真は全部このTG-4で撮りました。防水デジカメでRawファイル保存できるのこの機種しかないので、財布には痛いが仕方なくという理由だったけど、なかなか良い買い物でした。
沢を超えてしばらく進むと西山の登山口に。いつもはトレイルが終わって林道に出ると残念だけれど、今日はさすがにホッとしました。
ここからは林道を西山に向かいます。正午を過ぎて気温も上がってきた舗装路。暑さとの戦いです。
すると道端に天然のシャワーが。しばし頭から被って体を冷やし、腹いっぱい飲んでから出発しました。このあたりの水は本当に美味しいです。普段は水道水とミネラルウォーターの違いもあまり分からない舌だけど、疲れきった時に飲む水は味が鮮明にわかるんですよね。とにかく最高でした。かすかな甘みを感じます。気のせいかも知れないけれど。
下り基調の林道を走り続けて西山の集落へ。西山って親戚の話で聞いたことはあったけど、実際に来たのは初めてでした。ここから木浦への道は地図に載ってなかったので、道端で軽トラを洗車していた地元のおじちゃんに木浦への道を教えてもらいました。木浦鉱山への道標を示す道をそのまま進むのではなく、途中で鋭角に左に折れるんだそうです。聞かなかったら絶対わからなかった。
西山のヘリポート (ちょっと広いだけの普通の道路) から右手の木浦への林道を進みます。12時を過ぎて気温も上がり、日光を遮る木々のない舗装路は地獄のような暑さです。
暑くて暑くて、生木峠への登りも厳しいので、歩きながらアンパンを食べました。前日に母がしつこく持っていけと言っていたアンパン。持ってきて良かった。甘い餡が体に染み渡ります。
生木峠から見えた傾山。ずいぶん遠くに見えます。この距離を走って来たんだなと思うと感慨深いけど、まだまだ林道は続きます。
嫌々ながら林道を走り続けていると、脇道の先に見覚えのある社が見えました。祖父母の家の前にある、山の神さまへの道です。まさかこの林道が、幼いころから何度も登った「まえんかみさま」の社に繋がっているとは!
家の前の道を、懐かしさを噛み締めながら下っていると、下ったところに人影が見えました。
妻が迎えに来てくれていました。iPhoneの「友達を探す」アプリで、僕のiPhoneが発するGPSを検知してそろそろ帰って来そうだと、ここで待っていたんだそうです。心配かけてすみません。
家の前の鳥居でゴールしました。27.9km、7時間半の旅でした。無事に帰って来ることができて良かったです。
今日はお昼に公民館で流しそうめんがあるということで、何とか間に合ってそうめん食べたかったけど、ゴールした時にはもう終わってました。夜に行われる盆踊りの設営まで終わってました。とほほ。
子供の頃に夏休みを過ごしたここ木浦で、大人になってから子供の頃の行動範囲を大きく超え、自分の足だけで大きな冒険ができて嬉しかったです。またこの木浦から、子供の頃には想像もできなかったような所へ行きたいです。