日曜日に行われたJ2第15節、首位を走るアルビレックス新潟との上位対決。それは感動するほど痺れる試合だった。
最終ラインから執拗に繋いでポゼッションしようとする新潟と、前線からプレッシングして走り続ける京都。互いのやり方を貫き通すスタイルウォーズ。こんな試合が見られるなんてサポーター冥利につきる。川崎選手のプロ初ゴールを守り抜き、ウノゼロでの勝利。そしてチームはJ2の首位に立った。
首位、最後にチームがそこに立ったのは2年前の7月だ。当時は中田一三監督の掲げた、SBが中に絞ってビルドアップする独特のポゼッションスタイルがJ2を席巻していた頃。もはや、遠い昔の出来事のようだ。
一時は首位に立ったサンガだったけど、対戦が一巡して各チームが対策してくる中で段々と勝てなくなり、夏場の補強がうまく行かず、現場とフロントのギクシャクした関係が漏れ聞こえてくるようになり、そしてあの伝説となった柏との最終節を迎えた。何というカタストロフィだろう。未だに柏のエンブレムやオ◯ンガの4文字を目にすると、あの光景がフラッシュバックする。全てのサンガサポに刻まれた、深いトラウマだ。
あれから2年。J2に降格してから10年。チョウさんが監督になって、これまでのサンガとは一味違うチームを作り上げている。
当時の中田一三監督と、今季から監督を務める曺貴裁監督。独特のスタイルや強烈な個性、チーム内外に自分の言葉でビジョンを示せる稀有なリーダーシップなど、監督としての共通点も多い。しかし、そのマネジメント手法は全く異なる。
監督というマネジメント業
サッカーの監督というのは選手やコーチングスタッフなど、数十人から時には100人を超す規模のチームをまとめあげるマネージャーである。戦術の構築や選手起用の判断など監督としての仕事の手前に、まずこの大きな規模のチームをどうマネジメントしていくのかが問われる。
相手はプロにまで登り詰めた選手達だ。個性の強いメンバーしかいない現場をまとめ上げ、更にカツカツの財政事情と数多のスポンサーを抱える経営陣との間に板挟みになる中間管理職。そういう立場に1年から2年契約くらいで雇われた監督がポンと据えられるわけで、ちょっと想像してみても尻尾を巻いて逃げ出したくなる難易度の高さだ。
これまで世界的な名将と呼ばれた監督達は強烈なカリスマ性を発揮してチームを率いてきた。モウリーニョ、ビエルサ、グアルディオラ、クロップなど、ちょっと名前をあげても曲者揃いで胸焼けがしそうだ。莫大なお金が動く欧州サッカーほどではないにしろ、データに基づく分析や戦術が洗練されて年々複雑さを増すサッカーという競技において、並大抵のマネジメントでは歯が立たないのはここ日本でも同じだろう。
言葉で伝える個のマネジメント
曺貴裁監督も、強いカリスマ性でチームの先頭に立って引っ張る、強いリーダーシップの典型のようなマネージャーだ。
今年1月に行われた新体制発表会の記者会見。最初のチョウさんの挨拶でいきなり鳥肌が立った。言葉に力があり、自らの理想を具体的に自分の言葉で表現できる。すごい人がやってきたと感嘆した。
それから約半年、外から伺い知ることができる範囲でも常に言葉でチームが目指す姿や現在地を表現し続けている。言葉の力を重視し、うまく活用できる監督だと思う。
- 就任会見でいきなり掲げたチーム方針の「HUNT3」
- サイドバックを攻撃のアクセルを踏む役割と定義した「アクセル」
- ボランチを自分よりも前の7人を操る役割とした「ホールディングセブン」
こうした所謂キジェ用語も特徴的だけど、試合前後のインタビューなどでも言える範囲で真摯にチームの方針や指揮の意図を説明してくれる。おそらく普段から、選手に対しても1人1人言葉を尽くして説明しているのだと思う。
先日の新潟戦でも印象的なシーンがあった。後半アディショナルタイム、途中交代で投入した荒木選手を交代させたシーンだ。途中交代で入った選手を代えるというのはあまり無いことで、どうしても交代させた選手にはネガティブなメッセージとして伝わってしまう。
実際このシーンでも荒木選手は明らかに不満そうな顔でタッチラインからベンチに戻ろうとしていた。それを監督がその場で静止し、その場で声をかけていたのだ。試合後、無人のビジター席に挨拶に向かう選手達の姿を捉えた映像でも、まだ監督が荒木選手とマンツーマンで話し込んでいる姿が映っていた。
試合後のインタビューでもそのことに触れているが、これを大事な仕事の1つと捉えて普段から実行している様子が窺える。
荒木大吾を途中で出して途中で代えましたけれど、事情を話して本人も理解してくれていると思いますが、ああいった交代はあんまり良い交代ではないことは分かっています。ただ、勝点3をとるために、自分なりに確固とした理由がある中で、選手にそれを理解してもらうのも監督として大事な仕事の一つかなと思っています。
言葉を尽くしてメンバー1人1人と向き合う。チョウさんのマネジメント手法の特徴的な一面だ。言葉で伝える個のマネジメントと言えるだろう。
チームで行うチームマネジメント
一方、中田一三監督が行ったマネジメントは大きく毛色が異なる。一三さんは分業制が特徴だった。このツイートは風邪で練習休みますという近況報告だけど、後ろに映ったコーチ陣の顔ぶれが非常に豪華だ。
明日の練習はドクターストップにより監督不在です。関係者皆さん、色々と調整いただき申し訳ないです。
— 中田一三/ICHIZO NAKATA (@NAKATA_ICHIZO) 2019年1月16日
明日のトレーニングは予定通り優秀なスタッフが!
私の検査の結果はインフルエンザではなかったですが…
皆さん、インフルエンザにはお気をつけください。 pic.twitter.com/FJFhd4wZc3
サンガを天皇杯優勝に導いたゲルトさん、最近山形で丸さん退任後の暫定監督を務めた尽さん、FC東京からやってきて現在は長崎でヘッドコーチを務める佐藤一樹さん、現在でもサンガでGKコーチをやっている富永さん、そして写真には映ってないけど一三さんの後任で最近愛媛を立て直した實好さん。
当時CKは全て富永コーチに任せているという話や、守備の戦術は佐藤一樹コーチが担当しているという話もあった。Twitterでもコーチ陣のことを共創者という独特な呼称で呼んでいたし、候補者にプレゼンをしてもらって選考するという方法もとっていた。まるでマネージャー職の採用面接のようだ。実際退任後のフットボール批評でのインタビューでもこのように語っていて、最初から意図した組織形態だったのだろう。
コーチ陣には自分と選手の間に入ってほしいと話をしていました。基本的に現場の指導は彼らに担当してもらい、自分の構築する戦術的な土台、やろうとしていることにズレが見られたときは横から入って、軌道修正するといったやり方です。 フットボール批評issue27 | |本 | 通販 | Amazon
途中交代させた荒木選手にその場で声をかけたチョウさんとは対照的だ。
一三さんは元々FC.ISE-SHIMAという社会人リーグに所属するチームのNPO法人で理事長をしていた人物だ。お兄さんが中田商事という運送事業を営む会社の創業社長で、身近に経営者のいる環境に影響を受けたのかもしれない。サッカーの指導者としての側面よりも、組織のマネジメントや経営の目線が強い、珍しいタイプの監督だった。年々複雑さを増すサッカーという競技におけるマネジメントを、チームで行うという方法を彼が選んだのは必然だったのかもしれない。
中間管理職としての難しさ
チームでチームをマネジメントする。それは一見うまく行っているように見えた。実際、一時はJ2リーグの首位にまで立ったほどだ。しかし、8月以降にチームは失速。前述したフットボール批評のインタビューでも語られているが、最も大きな理由は上司のマネジメントに失敗したことだったと思う。特に夏場の補強を巡るフロントとのすれ違いが、決定的な亀裂を生んでしまった。
もちろんフロントにも監督にも、双方に言い分はあるだろう。それでもフロントと現場の間に立つ監督がマネジメントしようとした範囲は、足元のチームだけだったように見える。経営陣やフロントスタッフなど自分の上司にあたる、上方向のマネジメントまで手に負えなかったようだ。
実際、サッカーチームの監督にそこまでの責務を負わせるのは酷だし現実的じゃない。サッカーチームではよくGMや強化部長などと呼ばれる経営と現場を繋ぐ役職が置かれ、上方向のマネジメントを受け持つことが通例だ。そうしてやっと、監督は現場の仕事に集中できるようになる。
中田一三監督の場合は、自分を招聘した強化部長が就任前に退任してしまったことが立場を一層難しくさせた。西京極でゴール裏に向けて放った「落ちひん」の一言で有名な小島さんがその人だ。一三さん自身も結構尖ったタイプのマネージャーだったし、FC.ISE-SHIMAは小さな組織で自分がトップだったから、恐らく中間管理職として上と下のバランスを取るようなマネジメントが得意じゃなかったのだろう。その上で後ろ盾を失ってしまったわけだから、如何に大変な仕事だったか想像に難くない。起こるべくして起こった分裂だったように思う。
ピザ2枚で賄えるチームの人数を超えた時に
チームや組織が大きく複雑になってきた時、そして経営と現場の間で組織の舵をとる立場になった時、そうした難しい局面に立たされた時に、本当のマネジメント力が試される。これは何もサッカーチームに限った話ではない。
実際僕も一三監督就任時の2年前、チームの人数が急に大きくなってピザ2枚のサイズを超えたことがあった。Amazonのジェフ・ベゾス氏が提唱したと言われる、ピザ2枚で賄える人数以下にすべきという理想的なチーム規模を超えたわけだ。
当時一三監督を信奉していた僕はすぐに真似をして、チームでチームをマネジメントするぞ!と言い始めた。ディレクター4人でマネジメント業務を分担して、1on1を交互に回してあがってきた問題を分担して解決したり、Wevoxのスコアをみんなで眺めながら対策を練ったり、これまで個人が担ってきたマネジメント業務を複数人で分担し始めたのだ。
うまく行った面もあればうまくいかなかった面もある。ご多分に漏れず僕も上司のマネジメントが苦手で、課題意識をうまく上に伝えることができなかった。またチームでマネジメントする場合は組織を保つための構造やバランスが大事になってくるから、思い切った手を打ちにくくなるという弊害もある。
どうするのが良かったのか。唯一絶対の正解は無いのだろう。リスクをとって個の力での突破を試みたり、組織を重視してスケールを図ったり、その時々でバランスをとっていかないといけない。まるでサッカーの試合みたいに。
チョウさんの挑戦
この難しいマネジメントの課題に、チョウさんは自分が最も信頼できる人たちで傍を固めるという方法で対処しようとしているように見える。
キジェチルドレンと呼ばれる元教え子を招集し、チームキャプテンには新加入ながら元湘南の松田選手を指名した。ヘッドコーチに指名した長澤徹さんは同級生でチョウさんともよく連絡を取り合う仲だと言うし、石川隆司さんは湘南時代を共にしたコーチだ。
一三さんが共創者を広く募集してコーチングスタッフの組織化を図り、キャプテンにユース生え抜きの宮吉選手を指名したのとは対照的だ。
自身の理解者で傍を固めることで、組織としてスケールさせつつも方針を大胆に変更しやすい機動性も確保できる。実際良い方法だと思うが、もちろんデメリットもある。ガバナンスが効きにくいという点だ。
曺貴裁監督は前任の湘南時代に、パワーハラスメント行為で処分を受けたことは記憶に新しい。強い個によるマネジメントが先鋭化した先には、こうした問題が起こりやすい。今季の京都で、同じ問題が再燃しないという保証はどこにもない。
だからこそサンガは、去年の後半に加藤久さんを呼んできて、強化育成本部長にしたのだと思う。一三さんの時に空白だったポジションだ。あの時の教訓が活かされて、今の体制があると信じたい。
株式会社京都パープルサンガはIT系のベンチャーが出資しているような今風のクラブとは違って、京都の財界が支える古風で由緒正しいガバナンス重視のクラブだ。だからこそ動きが遅かったり、天下り人事でビジョンがないと揶揄されたりしてきた。そうして10年、J2の魔境から抜け出せずにスクラップ&ビルドを繰り返してきたクラブだ。
去年亀岡に最高のスタジアムができて、今年からチョウさんという強烈な個を持つマネージャーを監督に据えた。持ち前のガバナンス重視の企業体制とがっちり組み合えば、最高のマネジメント体制が築けるのかもしれない。
今はまだ、長いリーグ戦の3分の1を経過したに過ぎない。チョウさんの挑戦はここから更に本格化していくのだろう。スタジアムでチャントが歌えないけど、心の底から応援したい。紫魂、俺たちの京都!