妥協点

運転免許は持ってないけど、車を買った。会社を辞めたばかりだけど、ローンを組んだ。頭がおかしくなったのかもしれない。

きっかけは、UTMFの送迎を妻に頼んだことだった。UTMFは富士山の周りを170km走る山岳レースで、スタート地点もゴール地点も、車がないとなかなか行きにくい。ゴールは早朝の予定だったから、尚更だった。

妻はここ数年車の運転をしていないペーパードライバーだったから、講習を受けて運転の練習をして、週末はレンタカーを借りてさらに練習を重ねていた。レンタカーを毎週のように借りるうち、だんだんと車が欲しくなってくる。家からレンタカー屋まで1kmちょっとの道のりを歩いて往復するのが億劫だからだ。レンタカー屋からの帰り道、決まって車が欲しいね、どんな車がいいかな、という話をした。

僕はオープンカーがいいと言った。昔、マツダのロードスターの助手席に乗せてもらって滋賀の朽木まで行ったことがあって、その時最高に気持ちよかった体験が忘れられなかったのだ。なによりデザインがスポーティーでかっこいい。絶対オープンカーがいい。僕はそう言った。

妻はかわいい車がいいと言った。フォルクスワーゲンのビートルとか、ミニのクーパーとか、フィアットのチンクエチェントとか。丸っこくて小さくて、かわいい車がいい。妻はそう言った。

意見は割れた。しかも180度異なる価値観。だけど、ここからがお楽しみだ。

それから2人で、妥協点を探し続けた。トヨタのヤリスみたいに実用に全振りしてみてはどうかとか、いっそスズキのジムニーみたいな全然違う毛色の車はどうかとか、2人の好みからあえて外すことも考えた。YouTubeでいろんな車の動画を見たり、車の雑誌で各社のラインナップを眺めたり、車のことをちゃんと調べたのは初めてだった。

そうして模索する中でミニとフィアットに、オープンカーがあることを知る。ミニのコンバーチブルか、フィアットのカブリオレか。だいぶ絞られてきた。

そしてある日、フィアットにミモザという真っ黄色の限定車があることを知った。妻がターゲティングされたバナー広告で発見してきたのだ。その瞬間、2人の妥協点のスイートスポットが見つかった。次の週末にディーラーへ行き、その次の次の週には契約していた。そして今日、納車された。

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かわいくて、屋根が空いて、2人が気に入った色の車。見れば見るほどかわいくて、愛らしくて仕方がない。

妥協点というのは、どこか仕方なしに選んだ、諦めの選択肢のようなニュアンスがある。でもなかなかどうして、妥協点を探るのは楽しい行為だ。2人の中間にある妥協点を通じて、自分の中に無い価値観に触れることができる。

僕には車をかわいいと思う感性は無かった。昭和のナイトライダーブームに幼少期を過ごした男性にとって、車はかっこいいものだからだ。だけど、屋根が開くならいいかと妥協したことによって、車のかわいさを愛でるという新しい境地に出会った。

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なるほどこれはかわいい。ピカチュウみたいだ。

だいたい僕たち夫婦は、一事が万事趣味が合わない。僕は山が大好きなアウトドア派で、妻は都会が大好きなインドア派だ。旅行先を選ぶ時、僕はだいたい山がいいと言い、妻はシティホテルがいいと言う。

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先日見つけた妥協点は、ウッドデッキにテントがある洗練されたロッジだった。これも良い妥協点だった。妻はテントも悪くないねと笑っていた。

今ではすっかり猫が大好きな妻も、最初は犬派だった。パグやフレンチブルドッグみたいな鼻がぺちゃんこの犬を飼いたいと言って譲らなかったし、僕は絶対に猫がいいと言って譲らなかった。そんな時に出会った、鼻がぺちゃんこの猫、エキゾチックショートヘアは最高の妥協点だった。あれから7年、2人ともすっかりエキゾの虜になっている。

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2人でとことん妥協点を探すのも好きだし、見つけた妥協点を通じて、新しい価値観に出会うのも好きだ。

しかしQのこの顔よ。よく見るとエキゾチックショートヘアとチンクエチェント、結構似てるな。