San Diego 100 その3

前回:https://ninomiyateppei.com/entry/2018/07/30/182624

Dale's Kitchen

夜中の3時半、115km地点の第10エイドDale's Kitchenを出発した。最もきつい登りが終わり、ここからは大きな登りはもうない。細かなアップダウンで下り基調の走りやすいトレイルが続く。ただ、もう脚の筋肉は終わりが近づいていた。制限時間までは1時間30分の貯金がある。ゆっくりでも走り続ければ間に合うはずだけど、走り続けられるかどうかが問題だった。

去年はDale's Kitchenまで登りきったところで脚の筋肉を使い切り、次のTodd's Cabinに着いたのは制限時間ギリギリ。背後に迫った制限時間に終われ、焦って必死に動かない脚を引きずって何とか走り続けたものの、次のエイドPenny Pinesに着いたのは制限時間の4分後だった。

ここからは背後に迫ってくる制限時間との戦いであり、動かない自分の脚との戦いだ。手持ちは貯金90分と終わりかかった脚。あまりいい手札じゃない。

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121km地点、第11エイドTodd's Cabinに着いたのは朝の4時48分。去年は明るくなっていたエイドも、まだ真っ暗だった。貯金は72分まで減ってきた。このエイドにも、ドロップバックはない。持参したMag-onのジェルはとっくに在庫切れだったので、エイドに置いてあったCLIFのジェルをいくつかザックに入れた。アメリカのジェルは甘くて好きじゃないんだけど、贅沢は言ってられない。脚を引きずりながらすぐに出発した。

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去年制限時間に引っかかってリタイアしたPenny Pinesに向かう途中、ようやく夜明けを迎えた。温度差が激しすぎて、デジカメのレンズ内部に霜が降りていて写真が全部ボケボケになってる。

寒さも一段落してきたけど、脚はなかなか動かない。下り基調の走りやすいトレイルだけど、脚を置く度に下りの衝撃が脚に響いて痛い。去年泣きながら走った下り。今年は朝日に照らされてキラキラしていた。


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130km地点、第12エイドのPenny Pines 2に着いたのは朝6時18分。あの場所に帰ってきた。あれから1年、やっとここから続きができる。貯金は72分のまま減ってない。行ける行ける。

エイドのテーブルには、沢山の食べ物が乗っていた。よくよく見るとRICE BALLSと書かれたタッパーにまん丸のおにぎりが入っている。まさかアメリカのエイドでおにぎりが食べられるなんて! 嬉しくて1つ取り出して口に放り込んだら、芳香剤の味がした。香水に漬けられたようなお米の塊。何とか咀嚼して飲み込んだものの、その香りに胃が堪えきれずに逆流してしまった。せっかくのおにぎりなのに申し訳ない...。

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残り50km。ここからは未知の領域だ。脚の筋肉はとうに使い切り、着地する度に右膝に痛みが走るようになっていた。

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東側のアンザボレゴ砂漠から日が登り、PCT沿いの山々が朝日に照らされてあまりに美しい。

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走ると着地の衝撃で右膝に鈍い痛みが走る。ちょっと走っては歩き、痛みが収まったらまた走る。その繰り返しで何とか進む。気持ちの良い快晴の朝で、絶景の下り基調の走りやすいトレイル。これ以上無い環境のはずだけど、楽しむ余裕はもうなかった。痛みを我慢しながら、走って歩いてを繰り返した。

136km地点、第13エイドのPionner Mail 2 を超えた。残るエイドは1つ。ゴールまであと25km。まだ朝の8時前だけど、既に暑い。気持ちのいい朝なんて一瞬だった。また暑さとの戦いが再開した。もう、いい加減にして欲しかった。

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走って歩いての繰り返しで、後続のランナーに抜かれ続けた。みんな追い抜いて行くときに「Keep on moving!」とか「Almost done!」とか声をかけてくれて、とにかく励ましてくれる。みんな条件は同じはずで、自分だって辛いはずだけど、ひたすら励ましてくれるのが本当に嬉しかった。

絶景の続くPCT。右膝の痛みと、2日目の暑さでもうボロボロだったけどたまに走りを交えて進んだ。だんだんと歩きの割合が高くなってくる。もう膝の痛みが耐えられないくらいになっていけど、進む以外になかった。

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最後のエイド、Sunrise 2に到着した。10時を過ぎて、また暑さでフラフラだった。エイドの人にボトルを渡して、たっぷり氷の入った水をお願いした。補給の間、曲がらない膝をかばいながら何とか椅子に腰掛けた。

隣の椅子に座った男性がいきなり「去年、Penny Pinesでリタイアしただろ」と声をかけてきた。「去年、あそこで君を見たよ」と言う。「ヴィンスだ」そう名乗った彼に「テッペイです」と応える。僕の名前はだいたいアメリカ人に正しく伝わらない。「テペイ」か「テッピ」くらいが関の山で、正しく「テッペイ」と発音されたことがない。自分のゼッケンに書かれた綴りを見せて「テッペイ」だと言うと、彼は正しく発音してくれた。もうゴールしたようなもんだよと続ける彼に、いやいや膝が痛くてここからが大変なんだよと言う。最後は握手して別れた。「ゴールで会おう」

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ゴールまであと14km。あと3時間42分以内に到着すれば完走だ。ずっと歩きだと、ギリギリ間に合わないだろう。できるだけ走らないと。フラットか、ゆるい下りの続く走りやすいトレイル。遮るものの何もない、直射日光の灼熱トレイル。Buffに氷を入れてもらって出発したら、いきなり悪寒がして震え始めた。炎天下なのに。もう体温調節機能がおかしくなってる。

もう歩いていても右膝が痛く、体温がめちゃくちゃになって寒かったり暑かったりする。残り何キロあるのかわからない。SuuntoのGPSウォッチは電池が持たないから、1分に1回GPSをチェックするモードに設定していて距離なんて当てにならない。貯金はもう60分を切っていた。あとどれくらい余裕があるのかわからない。

次々に後続のランナーに追い越され、その度に励まされる。ありがとうありがとう。膝は痛いし、めちゃくちゃ暑い。水が足りるかどうかも心配。あと少しなのに最後の最後までこんなに苦しいとは。

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歩いて歩いて歩いて、たまにちょっと走ってを繰り返し、やっとカヤマカ湖畔に戻ってきた。ゴールの制限時間まであと1時間を切っている。ここからどれだけ進んだらいいのか、よくわからない。もう全く走れなくなっていた。歩くスピードを上げる以外にできることはない。

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ぐるりと湖畔を迂回すると、やっとゴールが見えてきた。去年、井原さんを迎えにきたところ。去年はここから井原さんと一緒にゴールまで歩いたけど、ゴールテープの直前で僕は道を外れた。リタイアした自分には一緒にゴールテープを切る資格がないと思ったからだ。でも今年は自分の脚でここまで来た。僕がゴールする番だ。色々なものがこみ上げてきた。

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31時間19分。制限時間41分前に完走した。堪えていたものが堰を切った。

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号泣していたら、コースディレクターのスコットさんやゴールにいた人たちみんながお祝いしてくれた。

バックルを受け取ってテントの方に向かおうとしたら、いきなり悪寒がして震えが止まらなくなり、脚も動かずにその場に崩れ落ちて救護の人に抱えられ、テントの中のコットに運ばれてしまった。寒気がして全身が震えるので、毛布を被せてもらってしばらく寝ていた。ゴール後の感慨に浸ったり、ご褒美のブリトーを頬張ったり、ラストランナーを拍手で迎えたりすることはできなかった。これが僕の限界だったんだと思う。

ボロボロだったけど、何とかゴール出来て良かった。のそのそとコットから起き出して帰る時に、色んな人からおめでとうと声をかけてもらった。ああ、本当にゴールできたんだなと思った。本当によかった。

本当に、よかったよ。